アラビア系の苗字、名前はイスラム教の影響、アラブ文化の歴史そして地理的な広がりを反映しています。
7世紀のイスラム教の誕生から現代に至るまでアラビア系の名前は、その文化的アイデンティティ、宗教的価値観や伝統を世代を超えて受け継ぐ手段となってきました。
【前説】アラビア語の名前という広大なジャンル
そして地域としても、アラビア半島だけではありません。
地域として列挙するならば、
北アフリカのモロッコからエジプト、レバノンやシリアといった中東地域、そしてイランやアフガニスタン、さらにはインドネシアやマレーシアといった東南アジアのイスラム教国、そして中央アジアのウズベキスタンやタジキスタン、さらにはバルカン半島のボスニアやコソボに至るまで実はかなりの広がりがあります。
現在では移民によって世界中の多くの国々でもアラビア系の名前を見ることができます。
英語が世界的な言語だとするなら、イスラム教とともにアラビア系の名前も世界の広い地域で影響力を持っているといえるでしょう。世界人口の約1/4を占めるイスラム教徒の多くが何らかの形でアラビア語の影響を受けた名前を持っているのです。
以下で早速名前の由来を説明していきますが、彼らの命名システムは「イスム(個人名)+ ビン/ビント(〜の息子/娘)+ 父親の名前 + 家族名」という構造が伝統的です。女性の場合は「ビント(娘)」を使います。
ジャンルとしては宗教、部族、地理的特徴、個人の特性、職業に由来するものが多く見られます。
少し前置きが長くなってしまいましたが、それでは早速、よく聞くアラビア系の名前とその意味を見ていきましょう。
宗教に由来する名前
イスラム教は名前の選択に大きな影響を与えています。コーランに登場する預言者の名前や、神(アッラー)の99の美名(アスマーウル・フスナー)に関連する名前は特に尊ばれています。
Muhammad ムハンマド
イスラム教の預言者の名前で「称賛される者」を意味します。イスラム世界で最も一般的な男性名の一つです。宗教的な敬意を表すため、多くの親が息子にこの名前を付けます。
モハメド・サラー(エジプトのサッカー選手、リバプールFCの主力選手) ムハンマド・アリ(アメリカのボクサー、歴代最高のヘビー級ボクサーの一人)
Abdullah アブドゥッラー
「アッラーのしもべ」を意味します。アブド(しもべ)とアッラー(神)の組み合わせで、イスラム教における神への献身を象徴しています。サウジアラビアなど多くのアラブ諸国で非常に一般的な名前です。
アブドゥッラー・ビン・アブドゥルアズィーズ(サウジアラビアの第5代国王、2005年から2015年まで統治) アブドゥッラー・イブン・ヤシーン(アルムラービト朝の創設者、11世紀の宗教指導者)
自分は世代じゃないですが、プロレスラーのアブドーラ・ザ・ブッチャーが日本では一番ポピュラーなアブドゥッラーさんかも。
Ibrahim イブラヒーム
イスラム教、キリスト教、ユダヤ教で尊敬される預言者アブラハムのアラビア語形です。「多くの民の父」という意味を持ち、イスラム教では特に重要な預言者として敬われています。
イブラヒーム・フェリン(フランスのサッカー選手、レアル・マドリードなどでプレイ) イブラヒーム・アル=ジャアファリ(イラクの政治家、元首相)
Fatima ファティマ
預言者ムハンマドの娘の名前で「子供を断乳する女性」や「捕らわれた者を解放する者」を意味します。イスラム教において最も尊敬される女性の一人であり、多くの女性に付けられる名前です。
ファティマ・アル=フィヒリ(モロッコの教育者、世界最古の大学の一つを設立) ファティマ・ジナー(パキスタンの女性活動家、パキスタン建国の父ムハンマド・アリー・ジナーの妹)
Yusuf ユスフ
聖書のヨセフに相当するイスラム教の預言者の名前で「神が増やすように」という意味があります。コーランに登場する美しい物語の主人公として知られています。コーランの第12章「ユスフ章」は彼の物語全体に捧げられており「物語の中で最も美しいもの」と称されています。
ユスフ・イスラム(イギリスの音楽家、元キャット・スティーブンス) ユスフ・ハルーン(エジプトの実業家、テクノロジー分野の起業家)
Omar オマル
第二代カリフのウマル・イブン・アル=ハッターブにちなんで名付けられることが多く「長寿」や「雄弁」を意味します。イスラム初期の最も影響力のある指導者の一人として尊敬されています。
オマル・シャリーフ(エジプトの俳優、「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」で国際的に有名) オマル・ハイヤーム(ペルシャの数学者、天文学者、詩人、「ルバイヤート」の作者)
Aisha アイシャ
預言者ムハンマドの最愛の妻の名前で「生きている」や「元気な」を意味します。イスラム教において学識と知恵を体現する女性として尊敬されており、多くのハディース(預言者の言行録)を伝えました。
アイシャ・アル=マナ(カタールの芸術家、国際的なキュレーター) アイシャ・カダフィ(リビアの弁護士、人権活動家)
Noor ヌール
「光」を意味し、コーランの中で神の属性の一つとして言及されています。精神的な導きと神の存在を象徴する美しい名前です。
ヌール・アル=フセイン(元ヨルダン王妃、アメリカ人の母を持つハーフとして国際的に知られる) ヌール・タギール(パキスタンの女性起業家、テクノロジー分野のパイオニア)
Bilal ビラール
イスラム初期の重要な人物で、エチオピア出身の元奴隷から解放されてイスラム教の最初の信者の一人となり、最初のムアッジン(礼拝の呼びかけ人)となった人物の名前です。
ビラール・ハッサーニ(モロッコ系フランス人のラッパー、国際的に成功したアーティスト) ビラール・エルダーソン(トルコの俳優、国際的な人気を誇るドラマに出演)
部族・氏族に由来する名前
Al-Hashimi アル=ハーシミー
預言者ムハンマドの属したクライシュ族の一派であるハーシム家に由来します。イスラム教の歴史において重要な氏族で、現在のヨルダンのハーシム王家につながります。
フサイン・ビン・タラール・アル=ハーシミー(ヨルダンの元国王、1952年から1999年まで統治) ラーニア・アル=ハーシミー(ヨルダン王妃、人道活動家として国際的に知られる)
Al-Qurashi アル=クライシー
メッカの支配的な部族クライシュに由来します。預言者ムハンマドもこの部族の出身であり、イスラム初期の歴史において中心的な役割を果たしました。
アブー・バクル・アル=クライシー(初代カリフ、預言者ムハンマドの親友) オマル・アル=クライシー(現代のイスラム学者、国際的な講演者)
Al-Ansari アル=アンサーリー
「支援者たち」を意味し、メディナで初期のイスラム教徒を支援した部族に由来します。イスラム教の拡大において重要な役割を果たした部族の子孫を示します。
ザカリア・アル=アンサーリー(15世紀のエジプトのイスラム法学者、裁判官) ハナ・アル=アンサーリー(カタールの実業家、カタール初の女性閣僚)
地理的特徴や出身地に由来する名前
Al-Masri アル=マスリー
「エジプト出身の」を意味します。歴史的に、エジプトからの移住者やエジプトとの商業的な関係を持っていた家族に与えられました。
ナギーブ・アル=マスリー(エジプトの映画監督、国際的に評価されるドキュメンタリー作家) サミラ・アル=マスリー(ヨルダンの女性政治家、エジプトのルーツを持つ)
Al-Baghdadi アル=バグダーディー
「バグダッド出身の」を意味します。イラクの首都バグダッドに関連する家族の姓です。アッバース朝時代にバグダッドが文化と学問の中心地だったことから、知識人や学者に多く見られます。近年だとアメリカが爆撃したイスラム国の指導者のバグダディという人物がいちばん有名かもしれませんね。
アブ・ハーミド・アル=バグダーディー(12世紀のイスラム神学者、哲学者) スハイル・アル=バグダーディー(現代のイラク系アメリカ人作家、詩人)
Al-Shami アル=シャーミー
「シリア(あるいは大シリア地域)出身の」を意味します。シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナを含む地域からの出身を示します。
ヤスミーン・アル=シャーミー(シリア系アメリカ人の女優、活動家) タリク・アル=シャーミー(レバノンの料理人、中東料理の国際的なプロモーター)
Al-Maghribi アル=マグリビー
「モロッコ出身の」または「西方出身の」を意味します。北アフリカ西部(マグレブ地域)からの移住者の子孫に与えられた姓です。
カリム・アル=マグリビー(モロッコの科学者、環境保全研究の第一人者) ライラ・アル=マグリビー(アルジェリア系フランス人のファッションデザイナー)
職業に由来する名前
中世のアラブ社会では多くの人々が職業によって識別されていました。これらの職業名は世代を超えて家族名となり、現在も広く使われています。
Al-Hakim アル=ハキーム
「医師」または「賢者」を意味します。伝統的な医学や知恵の仕事に従事していた家族に与えられました。中東における医学の重要性と尊敬を反映しています。
トーフィク・アル=ハキーム(エジプトの劇作家、小説家、アラブ文学の近代化に貢献) ナディア・アル=ハキーム(ヨルダンの医師、公衆衛生の専門家)
Al-Najjar アル=ナッジャール
「大工」または「木工職人」を意味します。木材加工技術は伝統的な中東社会で高く評価されていました。家具、建築、船舶建造などの重要な職業を示しています。
ムスタファ・アル=ナッジャール(エジプトの建築家、伝統的木工技術を現代建築に融合) サマル・アル=ナッジャール(サウジアラビアの考古学者、古代の木工技術研究の専門家)
Al-Haddad アル=ハッダード
「鍛冶屋」を意味します。金属加工は古代から重要な職業であり、武器、農具、装飾品の製造に関わっていた家族に与えられました。
イサム・アル=ハッダード(イエメンの詩人、現代アラブ詩の革新者) ライマ・アル=ハッダード(レバノンの女性彫刻家、金属工芸の第一人者)
Al-Khatib アル=ハティーブ
「説教者」または「演説者」を意味します。モスクで金曜礼拝の説教を行う重要な宗教的役割を持つ人々に与えられました。雄弁さとイスラム教の知識が求められる尊敬される地位です。
アフマド・アル=ハティーブ(シリアの宗教学者、イスラム法の権威) ハナン・アル=ハティーブ(パレスチナの教育者、コミュニケーション学の教授)
Al-Attar アル=アッタール
「香料商」または「薬剤師」を意味します。中世のイスラム世界では、香料と医薬品の取引は密接に関連しており、両方を扱う商人は高い社会的地位を享受していました。
ハッサン・アル=アッタール(19世紀のエジプトの学者、アズハル大学の総長) スアド・アル=アッタール(イラクの詩人、アラブ女性文学の先駆者)
Al-Saqqaf アル=サッカーフ
「屋根職人」または「建設業者」を意味します。建築技術は中東の厳しい気候に適応するために特に重要で、熟練した職人は高く評価されていました。
アリ・アル=サッカーフ(イエメンの建築家、伝統的なイエメン建築の保存に貢献) ファティマ・アル=サッカーフ(サウジアラビアの考古学者、古代建築研究の専門家)
Al-Sabbagh アル=サッバーグ
「染色業者」を意味します。布地の染色は中東の伝統工芸の中でも重要な位置を占め、特にモロッコのフェズやシリアのアレッポなどの都市で発展しました。
カリム・アル=サッバーグ(モロッコの芸術家、伝統的な染色技術を現代美術に取り入れる) ライラ・アル=サッバーグ(レバノンのファッションデザイナー、伝統的な染色技術を活かしたデザインで有名)
Al-Tajir アル=タージル
「商人」または「貿易業者」を意味します。中東は古くから東西交易の中心地であり、商人は経済的にも文化的にも重要な役割を果たしてきました。
マフムード・アル=タージル(UAE発の実業家、国際的な小売チェーンを所有) サミラ・アル=タージル(バーレーンの経済学者、中東の貿易史研究の専門家)
個人の特性や特徴に由来する名前
Al-Aswad アル=アスワド
「黒い」または「浅黒い」を意味し、肌の色や髪の色に基づいて与えられた姓です。個人の外見的特徴による識別の例です。
オマル・アル=アスワド(スーダンの政治活動家、人権擁護者) ライラ・アル=アスワド(イラクの詩人、フェミニスト文学の代表者)
Al-Tawil アル=タウィール
「背が高い」を意味し、体格の特徴に基づいて与えられた姓です。家族や個人を識別するために使用された身体的特徴を示しています。
ハッサン・アル=タウィール(モロッコのバスケットボール選手、国際試合で活躍) ナディア・アル=タウィール(サウジアラビアの女性実業家、スタートアップの創業者)
Al-Saghir アル=サギール
「小さい」または「若い」を意味し、体格や年齢に関連して与えられた姓です。兄弟間の区別や、先祖と同名の年少の家族成員を区別するために使われました。
カリム・アル=サギール(チュニジアの作曲家、伝統音楽と現代音楽の融合で知られる) アマル・アル=サギール(エジプトの考古学者、古代エジプトの小工芸品研究の専門家)
Al-Jamil アル=ジャミール
「美しい」または「優雅な」を意味し、外見や性格の特徴に基づいて与えられた姓です。審美的価値観やカリスマ性が社会的に重要視されていたことを反映しています。
サミ・アル=ジャミール(レバノンの俳優、中東のフィルム産業で活躍) ヌール・アル=ジャミール(ヨルダンの画家、現代アラブ美術の先駆者)
歴史的・政治的背景を持つ名前
Al-Hashemi アル=ハーシェミー
預言者ムハンマドの曽祖父ハーシムに由来する姓で、イスラム教の初期指導者たちの血統を示します。現在のヨルダン王家もこの血統に連なります。
アブドゥッラー二世・ビン・アル=フサイン・アル=ハーシェミー(現ヨルダン国王) ハーヤ・ビント・アル=フサイン・アル=ハーシェミー(ヨルダン王女、国際オリンピック委員会委員)
Al-Abbasi アル=アッバースィー
749年から1258年まで続いたイスラム世界の主要王朝、アッバース朝に関連する姓です。預言者ムハンマドの叔父アッバースの子孫に由来します。
マフムード・アル=アッバースィー(イラクの歴史家、アッバース朝時代の専門家) サミラ・アル=アッバースィー(カタールの美術館長、イスラム美術の保存に尽力)
Al-Othmani アル=オスマーニー
オスマン帝国(1299-1922)に関連する姓で、帝国の行政に関わっていた家族や、帝国領内からの移住者に与えられました。
サアドディーン・アル=オスマーニー(モロッコの政治家、元首相) アイシャ・アル=オスマーニー(トルコ系エジプト人の歴史家、オスマン時代の女性史研究者)
アッラーの属性に由来する名前
イスラム教では、アッラー(神)には99の美名(アスマーウル・フスナー)があるとされ、これらの属性にちなんだ名前も広く使われています。
ただし、一部の属性は神のみに適用されるため名前には使用されません。
Abdul Rahman アブドゥル・ラフマーン
「慈悲深い者のしもべ」を意味します。
「アブドゥル」(しもべ)と「ラフマーン」(慈悲深い者、アッラーの属性の一つ)の組み合わせです。イスラム教における神の慈悲の重要性を反映しています。
アブドゥル・ラフマーン・アル=スーフィー(10世紀の天文学者、「恒星の書」の著者) アブドゥル・ラフマーン・ワヒド(インドネシアの元大統領、宗教的寛容を促進した指導者)
Abdul Aziz アブドゥル・アズィーズ
「強力な者のしもべ」を意味します。
「アズィーズ」は神の属性の一つで、力と威厳を表します。特にサウジアラビアの王家で伝統的に使用される名前です。
アブドゥル・アズィーズ・ビン・サウード(サウジアラビア王国の創設者、初代国王) アブドゥル・アズィーズ・アル=ハキーム(イラクの政治家、シーア派指導者)
Abdul Karim アブドゥル・カリーム
「寛大な者のしもべ」を意味します。「カリーム」は神の属性の一つで、寛大さと気前の良さを表します。中東全域で人気のある名前です。
アブドゥル・カリーム・カッスム(イラクの革命指導者、1958年革命の中心人物) アブドゥル・カリーム・ソルーシュ(イランの哲学者、イスラム改革思想の代表者)
Abdul Malik アブドゥル・マリク
「王のしもべ」を意味します。「マリク」は神の属性の一つで、宇宙の支配者を表します。歴史的に多くのカリフやスルタンがこの名前を持っていました。
アブドゥル・マリク・イブン・マルワーン(ウマイヤ朝の第5代カリフ、イスラム帝国の拡大に貢献) アブドゥル・マリク・ジュヨウド(フィリピンのイスラム指導者、ミンダナオ平和プロセスに関与)
Abdul Ghafur アブドゥル・ガフール
「赦す者のしもべ」を意味します。「ガフール」は神の属性の一つで、罪を赦す力を表します。イスラム教における赦しの重要性を反映しています。
アブドゥル・ガフール・ハーン(パキスタン建国前のパシュトゥーン人指導者、非暴力運動の提唱者) アブドゥル・ガフール・ビラール(マレーシアの宗教学者、イスラム教育の革新者)
現代のアラブ世界における姓
Al-Saud アル=サウード
サウジアラビアの王家であるサウード家の姓です。18世紀のムハンマド・ビン・サウードに由来し、現在のサウジアラビア王国の創設者となりました。
サルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ・アル=サウード(現サウジアラビア国王) ムハンマド・ビン・サルマーン・アル=サウード(サウジアラビアの皇太子、副首相)
Hariri ハリーリー
「絹商人」を意味し、レバノンでは著名な政治家家族の姓として知られています。ビジネスから政治へと影響力を広げた典型的な例です。
ラフィーク・ハリーリー(レバノンの元首相、2005年に暗殺) サアド・ハリーリー(レバノンの政治家、ラフィーク・ハリーリーの息子、元首相)
Al-Gaddafi アル=カッザーフィー
リビアの部族名に由来し、リビアの元指導者カダフィこと、ムアンマル・アル=カッザーフィーの家族の姓として国際的に知られるようになりました。
カダフィことムアンマル・アル=カッザーフィー(1969年から2011年までリビアを統治) サイフ・アル=イスラーム・アル=カッザーフィー(ムアンマル・アル=カッザーフィーの息子、政治家)
Al-Maktoum アル=マクトゥーム
アラビア語で「決定された」を意味し、ドバイを統治する王家の姓です。商業と国際関係に焦点を当てた近代的な発展で知られています。
ムハンマド・ビン・ラーシド・アル=マクトゥーム(ドバイの首長、UAE副大統領兼首相) ハムダーン・ビン・ムハンマド・アル=マクトゥーム(ドバイ皇太子、「ファザ」の愛称でSNSで人気)
自然や宇宙に由来する名前
自然界の美しさや宇宙の神秘はアラビア系の名前にも反映されています。これらの名前は詩的で象徴的な意味を持つことが多いです。
Badr バドル
「満月」を意味します。アラブ文化では月は美と完璧さの象徴とされ、特に満月は特別な意味を持ちます。
イスラム初期の重要な戦いのひとつ「バドルの戦い」の名前としても知られている単語です。
バドル・ハーリ(モロッコのボクサー、オリンピックメダリスト) バドル・アル=サマー(クウェートの天文学者、中東の天文学教育に貢献)
Najm ナジュム
「星」を意味します。アラブ文化では天文学が古くから発達し、多くの星の名前はアラビア語起源です。星は導きと希望の象徴とされています。
日本語でもショートショートの作家などで有名な星さんという苗字はありますが、アラブ圏ならナジュムさんですね。
ナジュム・アル=ディーン(エジプトのサッカー選手、アフリカネイションズカップの優勝メンバー)
ライラ・ナジュム(レバノンの天体物理学者、宇宙研究の第一人者)
Riyad リヤド
「庭園」を意味します。アラブ・イスラム文化において庭園は天国の象徴とされ、特に砂漠が多い地域では緑豊かな庭園は特別な価値を持っていました。
リヤド・マフレズ(アルジェリア出身のサッカー選手、マンチェスター・シティで活躍) リヤド・アル=サリヒーン(サウジアラビアの植物学者、砂漠での持続可能な農業研究の専門家)
Bahr バハル
「海」を意味します。沿岸地域に住む人々にとって、海は生活と生計の源であり、多くの家族がこの名前を持っています。
バハル・アル=ウルーム(イラクのシーア派宗教指導者、著名な学者家系の出身) ハナー・バハル(レバノンの海洋生物学者、地中海の生態系保全に貢献)
Zahrah ザフラ
「花」または「輝き」を意味します。美しさと純粋さの象徴として、特に女性に人気のある名前です。金星のアラビア語名としても知られています。
ザフラ・ラングフォード(チュニジア系アメリカ人の女優) ザフラ・フセイン(イラクの詩人、女性の権利活動家)
地域による名前の特徴
アラブ世界の広大な地理的範囲には、地域ごとに特有の命名慣習や名前の要素があります。
北アフリカの特徴
モロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビアなどの北アフリカ諸国では、アラビア語とベルベル語の影響が混ざり合い、独特の名前のパターンを生み出しています。
「ベン」(〜の息子)はこの地域で「ビン」の代わりに一般的に使用されます。また、フランスの植民地支配の影響で、一部の名前はフランス語の影響を受けています。
例:ベン・ベッラ(アルジェリアの初代大統領)、ハビブ・ブルギバ(チュニジアの初代大統領)
湾岸諸国の特徴
サウジアラビア、UAE、カタール、クウェートなどの湾岸諸国では、部族名と宗教的な名前が特に重要です。部族のつながりは社会構造において中心的な役割を果たし、多くの家族は何世代にもわたって部族の名前を維持しています。
例:アル=サバーハ(クウェートの王家)、アル=サニー(カタールの王家)
レバント地域の特徴
シリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナなどのレバント地域では、様々な宗教コミュニティ(イスラム教のスンニ派とシーア派、キリスト教のマロン派、ギリシャ正教会、コプト派など)が共存し、それぞれが独自の命名慣習を持っています。
キリスト教徒のアラブ人はイエス(イーサー)やマリア(マリヤム)などの聖書の名前を多く使用します。
例:ブトロス・ガーリー(元国連事務総長、エジプトのコプト・キリスト教徒)、ファイルーズ(レバノンの伝説的歌手、キリスト教徒)
名前の組み合わせと形式
アラビア系の名前は一般的に以下の要素から構成されています
アラビア系の名前の構成
イスム(個人名):個人に与えられる名前(例:ムハンマド、ファティマ)
ナサブ(父系):「ビン」(息子)または「ビント」(娘)を使って父親との関係を示す(例:ビン・アブドゥッラー「アブドゥッラーの息子」)
ニスバ(関係性):出身地、部族、または職業に基づく帰属(例:アル=マスリー「エジプト出身の」)
ラカブ(綽名):個人の特徴に基づく名前(例:アル=タウィール「背が高い」)
クンヤ(敬称):「アブー」(〜の父)または「ウンム」(〜の母)で始まる名前(例:アブー・ハーリド「ハーリドの父」)
これらの要素すべてが常に使われるわけではなく、地域や歴史的背景によって変化します。完全な形式の例としては
男性の名前の例
ムハンマド・ビン・アフマド・アル=ハーシミー・アル=マッキー
イスム:ムハンマド(個人名)
ナサブ:ビン・アフマド(アフマドの息子)
ニスバ:アル=ハーシミー(ハーシム族出身)
ニスバ:アル=マッキー(メッカ出身)
同様に、女性の名前の例
ファティマ・ビント・アブドゥッラー・アル=クワイティーヤ
イスム:ファティマ(個人名)
ナサブ:ビント・アブドゥッラー(アブドゥッラーの娘)
ニスバ:アル=クワイティーヤ(クウェート出身)
クンヤ(敬称)は通常、最初の子どもにちなんで与えられます:
アブー・ムハンマド(ムハンマドの父) ウンム・アイシャ(アイシャの母)
最後に
現代では、多くのアラブ諸国で西洋式の姓名システムを採用し、名前の数や構成要素を簡素化する傾向があります。
パスポートやその他の公式文書では、名(ファーストネーム)と姓(ラストネーム)の二部構成になっていることが一般的です。